偶然を活かしたキャリアの例 その1

偶然のチャンスの波に乗る

たまには、私自身のキャリアのことを書きます。私は元学校の教員で、「何で辞めたの?」といまだによく聞かれます。せっかくなので、そのことも兼ねて書くことにします。

昨日、クルンボルツの「計画された偶然の理論」について書きました。私の人生が偶然の連続だったのです。

私は、大学を卒業すると同時に大学院に進学しました。最初は歴史学者になりたかったのです。進学するにあたってアルバイトをしようと探していたのが、まず偶然です。なかなか書類も通らなかったところ、たった一本の電話がかかってきました。採用担当者ではなく、大学の先輩です。「新しく就職が決まって自分の後任がいなくて困っている、もしよかったら予備校で教えないか?」すぐに返事をして、その場ですぐに履歴書を書いて持参して当日面接+模擬授業でした。この予備校講師が私のキャリアの始まりです。本当に偶然です。

世界史なんて、私もよくわかりませんでしたし、教える仕事だって慣れてはいません。必死で猛勉強したら、面白くなったのです。私はもともと語学が苦手でしったのと、最先端のことを詰めるのが嫌いなので、研究も限界にきていました。ストレスがひどく、体調も崩し、1年留年して教職を目指すことにすると、体調も回復しました。現場で人と関わりながら仕事をする方がいまでも向いている、と思っています。

世界史で教職、なんてなかなか職にありつけるわけではありません。それでも、何とか仕事をみつけました。最初に勤めた学校は向かずに1年で退職。2番目に勤めた学校は6年続きました。クルンボルツは偶然のチャンスを活かすために好奇心、持続性、柔軟性が大切であることを強調しましたが、ここの職場でのことは身にしみます。まず最初に担当したのが、ナント!世界史ではなくて地理。最初は「エー、嫌!」と思いながらもせっかくありついた職ですから、まずやることにしました。最初の年はわけがわからないものの、2年目くらいになると面白くなります。そう、持続性、やり続けること、「自分の専門は世界史だ、政治経済だ」と決めつけるのではなく、地理もやると面白いです。また、自分は高校生専門、というのも思い込みです。中学生の授業も楽しく、社会科見学を自分で企画して実現までこぎつけました。好奇心、これも大切です。私は自分でピアノを弾いて演奏しますが、それを社会科の授業でやってのける人は他にはいないでしょう。音楽と社会の動きは絡んでいますので、それを楽譜を使ったり、生演奏で説明するという、ユニークな授業を行うことができたのです。

ある程度続くと、そこにも疑問が出てきます。私は成績をつけることが嫌いなのと、地理を教えはじめたことで世界史に対する疑問が深まったのです。世界史だって疑問だらけです。「1492年コロンブスがアメリカを発見した」なんて、アメリカにいた先住民の人たちの立場を無視していることになります。中国史だって中央アジアの人たちの観点からすると、あまりにも漢民族中心です。地理を教えはじめて環境問題に興味をもちはじめると、この疑問はさらに深まります。農業の発展と地球環境の悪化は結びついており、そうすると現在の世界史の枠組み全体が崩れるのです。「農業の発展により生産力が高まり・・・」「灌漑の普及により綿花の栽培がさかんになり・・・」これ、環境破壊の問題なのです。

そこで、教員はもう辞めよう、と結論を出します。

この続きはまた明日。

ここまでまとめると。。。予備校講師の話はまさに偶然です。何も考えずにその話に乗っかったのが、私のその後の人生で非常に有益でした。キャリアのことなんぞ、あまり考えなくてもいいのです(うまくいかない人は、考えすぎの傾向があります、たまたま受けた仕事をやれば済む話です)。「自分は学者になる」と決めていても、教える方が楽しかったり、「世界史だ」と思っても「地理」も楽しかったり・・・で、自分のキャリアを決めつけるのではなく、「柔軟」に考えることが大切です。「好奇心」、私はプロのピアニストになる才能も気力もありませんが、趣味のピアノを仕事に生かして、自分にしかできない仕事をすることができました。

 

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