先日ご紹介した本、『自己評価メソッド』から、再度役に立ちそうなことをお伝えします。

ポジティブになる、前向きになる、自信をもつために必要なこと。私の考えは、人間はもともとポジティブで前向きで自信をもっているもので、単に足をひっぱているものがあるだけだ、と。その足をひっぱるものを外せば、自然にポジティブになるのだ、という考えです。

足をひっぱるものをのぞかないで無理やりポジティブになろうとしても、難しいし、できない自分を責めたり、アドバイスをした人を責めて終わりでしょう。

『自己評価メソッド』でも同じようなことが書かれています。

「自分に暴力をふるわない」。

よく、何か失言をしたりすると、頬や頭をコツンと叩く人はいませんか。自分に暴力をふるっているわけです。
その程度ならまだ軽いですが、重くなってくると壁に頭をぶつけたりするような人もいます。
スポーツをやる人だと、体が悲鳴を上げるまで練習して、結果的に体の不調来す、なんていう人もいます。

体ではなく、ことばで自分に暴力をふるう人もいます。
「もっとできただろう」「自分はこんな程度のことしかできないのか」「まだまだできるはずだ」「こんなのではダメだ・・・」
「反省」ということばがあります。楽しく、つぎの成果につなげるためにやるのならかまわないですが、自分を責める、自分に暴力をふるうやり方だとますます落ち込むだけです。
「なぜ、どうして」と「原因探し」も同様。やるのであれば、うまくいった原因を探すのならモチベーションも上がるでしょうが、うまくいかなかった原因を探せばますます気分も下がって「ダメな自分」探しをすることになります。
「ダメな自分」を探したところで、まず有効な解決策はみつかりません。「なぜ、どうして」とうまくいかない原因を探す方は、自分を責めて自分の能力を使うのを難しくしてまた失敗し、また原因探しをして自分に暴力を振るう、という悪循環に入っているケースに陥りやすいです。

あるいは・・・。自分の楽しみを奪うのも自分に暴力をふるうのと一緒です。仕事がうまくいかなかったら、夏休みの海外旅行をキャンセルする、などというのも同じですね。

『自己評価メソッド』では、完璧主義にとらわれたり、自分に厳格なことはいいことだ、と信じていることで自分に暴力を振るうようになることが記されています。

そして、私が大好きなことば。有名な行動主義心理学者のスキナーのことばが引用されています。
「罰はもしかしたら秩序を維持する役には立つかもしれない。だが、人が変わりたいという心理的な動機づけにはならない」

自分に厳しく接したり、罰や暴力を与えても、何ら問題解決にも成長にもつながりません。

どんなに小さなことでもOKです。今日自分がつくったごはんがおいしかった、とか、とりあえず仕事が30%終わった、とか・・・まず何かやれたことを認めましょう。「そんなの大したことないよ」とか人と比べて「●●さんの方が」上手だというのではなく、実際やったことをそのまま受け取るだけで十分です。そして、比べるのなら、他人ではなくて、昨日(一年前でもいいです)と今日の自分の違いを比べると結構成長している自分に気づくことができるでしょう。