人格適応論 「思考型」ってどんな人?

人格適応論 「思考型」のイメージ

さて、オペラの登場する人物を使って人格適応論の適応タイプについてお話をするのは今日で最後です。
使うオペラは再びリヒャルト・シュトラウスの大人気作「ばらの騎士」です。「反応型」のところでオックス男爵を例にしました。今日は「思考型」の典型例として、「元帥夫人」をご紹介します。

「思考型」はある意味、「信念型」と似ているようなところがあります。この文章を書いている私も基本は「信念型」でもかなり「思考型」も強いです。何が共通しているか、というと、「頭のアクセル」が「完全であれ」、3つのドアの順番が「信念型」と一緒で「①思考 ②感情 ③行動」になります。
何事もきちんとこなすことが人への愛情の示し方ですから、良心的な人が多い気がしますし、仕事もきちんとこなそうとします。「考え」をとても大切にしますが、「信念型」の「考え」は「思い」「信念」であるのに対して、「思考型」の「考え」は事実・情報です。受ける印象としては、「信念型」の方は情熱的、「思考型」の方は冷静で理知的な感じです。もう一つ特色があります。その完全さ、きちんとしているところは時間の使い方にもあらわれいて、常に時間をきちんと使おう、とします。興味のある方は、「思考型」の方の手帳をみていただけると、その几帳面さに驚くかもしれません。

さて、そろそろ元帥夫人についてご紹介します。とても聡明で理知的な女性で、年齢は30歳を少し過ぎたくらい。彼女にはオクタヴィアンという「信念型」で17歳の若いの恋人がいます。

第1幕、元帥夫人が恋人と一夜を過ごした朝、幕があきます。そこへ、「反応型」のオックス男爵が朝早くから訪ずれ、「反応型」の典型的なマシンガン・トークがさく裂する様子はすでにご紹介しました。そのオックス男爵が帰った後、元帥夫人が一人になり、恋人のオクタヴィアンとの二人の会話になる1幕の終わりのシーンで、元帥夫人がいかにも「思考型」らしいセリフを述べます。他方オクタヴィアンはいかにも「信念型」らしく情熱的に愛と思いを語ります。

先述のとおり、「思考型」は時間の使い方にこだわります。
「時とは不思議なもの、普通に暮らしていると気がつかない。でも急に時以外のものは何も感じなくなるの。時は私たちのまわりに、私たちの中にあるの、顔の中でも音を立てて流れ、鏡の中にも、私のこめかみの中にも流れている。音もなくまるで砂時計のように」。
同時に元帥夫人は、時間の話をしながら、年をとっていく事実を受け入れようとしているのです。そして、自分にとって、どんなに残酷であろう事実でも受け入れようとします。
「今日は明日か、あなたは私から去っていくのよ、もっと若くて美しい人のために私を捨てて」

これに対して、「信念型」のオクタヴィアンは熱く元帥夫人に愛を語ります。
「今日も明日もその日は来ない。ぼくは君を愛している。そんな日が来るとしてもぼくは考えない。どうして君は君とぼくをそんなに苦しめるの?」
「思考型」の元帥夫人は、認めたくないものの、年をとった自分から恋人が離れていくという事実を受け止めようとします。
「私はあなたを苦しめるつもりはないのよ。私はただ本当のことをいっているだけ。あなたにも、私にも楽なものにしたいのよ。心も軽く、手も軽く、受け取り、逃がしてやる。それができなければ、人生から罰せられ、神様からは見放されます」

ここは「思考型」の方の生き方から学ぶところです。事実を受け入れると楽になります。そして真似したくないところもあります。「思考型」の方はつねに「完全」でいようとしますので、完全でないと自分を「罰する」傾向があります。ここのところは、辛い思いをしても、人生から罰せられる必要はないし、完全でなくても自分を罰する必要はなく、価値があるのだ、ということです。

この後、さらに「思考型」の特色が続きます。時間の使い方、元帥夫人は今日一日の予定をわざわざ述べます。
「私は教会へ行きます。その後グライフェンクラウ伯父のところに行きます。そして午後使いを送って知らせましょう。プラーター公園に一緒に行けるかどうかを」
この後オクタヴィアンは元帥夫人のもとを去り、元帥夫人はオクタヴィアンに完璧に接することができなかった自分を責めるシーンで1幕は終わります。
そこまで完璧を求めなくてもいいような気がするし、「思考型」の人の他人への愛情の示し方もあらわれている、ともいえるでしょう。

第2幕は元帥夫人は登場しません。場はファニナル邸。15歳の令嬢ゾフィー(「感情型」か「想像型」のどちらか)は、婚約者のオックス男爵と初対面します。そのシーンにオクタヴィアンが立ちあうのです。オックス男爵はここでも「反応型」を爆発、傍若無人な振る舞いをし、ゾフィーに嫌われ、同時にゾフィーとオクタヴィアンの2人は恋に陥ります。
そう、「思考型」元帥夫人がいったとおりの事実になるわけです。

「思考型」の方は、問題解決能力に非常に優れた能力を発揮します。その「思考型」の問題解決力が第3幕で炸裂します。
オックス男爵がゾフィーとの結婚をあきらめるように仕向けます。
そして、元帥夫人とオクタヴィアンとゾフィーの有名な三重唱。オペラ史上に輝く最高の感動的な名場面の一つです。
元帥夫人は歌います。
「私が誓ったことは、彼を正しい方法で愛することでした。だから、彼が他の人を愛しても、その彼をさえ愛そうと。」
「ここに坊や(オクタヴィアンのこと)が立ち、ここに私が立っている。そしてあそこには他の娘が。」
「彼はあの娘と幸せになるでしょう。幸せが何かということを知っている男たちと同じように。」
同じ場面で「信念型」のオクタヴィアンはこう歌います。
「何かが来て、何かが起こった。どうして、なぜ、ぼくはこんなに震えるのだろう。何か大きな間違いをしてしまったのか。」

「信念型」も「思考型」も「正しい生き方を示す」「責任を果たす」ことが愛情の表現なのです。

別の言い方をします。「問題解決能力が高い」ということを短所で表現するとどうなるでしょうか。
「人の気持ちがわからない」と他の適応タイプの人からするとみられがちです。気持ちを聴いて欲しいのに、「こうしたらいいよ」と解決策を提示されると「私の気持ちをわかってよ!」とこんな交流になりやすいです。「思考型」の方には問題解決が愛情や誠意の示し方とは限らないこと、そして他の適応タイプの方には、問題解決をすることが「思考型」の愛情や誠意の示し方であることを知って欲しいです。

ここまで述べれば、仕事・職場において、「思考型」の活躍の仕方がわかると思います。時間管理・効率性・正確性・事実やデータの分析、そんなところで大活躍です。正確にきちんと仕事をするのが「思考型」の特色です。
そして、働きすぎになるのも「思考型」の特色です。体を壊す前にぜひ休暇をとっていただきたいです。

就職活動中の方へ。私からみて、就職活動が一番下手なのが「思考型」の方です。つねに完全でいようとするために、余計な語句が多くなって、何をいっているのかさっぱりわからなくなるときがあります。また、つねに完全でいようとするため、面接で痛いところをつつかれると質問からズレた答え方をするケースが多々あります。必ず面接官の質問が何であるかを確認してから答えるようにしていただきたいです。また完全にしようとするあまり、自己PRや志望動機を「適当」に書くということが難しいようです。

どこか思い当たる節がある方、ご相談、心よりお待ちしております。

Related Articles:

Post Footer automatically generated by Add Post Footer Plugin for wordpress.


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です