権力や権威をもつ人のツラさ

人間関係で対立するイメージ

人格適応論でいう「3つの扉」について説明しようと、ワーグナーの楽劇「ワルキューレ」の2幕と3幕をみていました。これ、ブラック企業とまではいかないにしても、企業経営者が本音でものを語れないつらさを表現しているように感じました。

「ワルキューレ」は楽劇4部作『ニーベルンクの指輪』の第1夜。とはいえ、序夜が「ラインの黄金」なので2日目に上演されます。ここであらすじを書くと大変なので、本文の主旨に沿う範囲で物語の概要をまず書きます。

今日と明日、ご紹介したい人物は主神で戦いの神であるヴォータンです。人格適応論でいえば、かなり典型的な「行動型」です。社長になりやすい適応タイプです。人を操作することが上手で、目の前にある欲しいものをつぎからつぎへと手に入れるが、本当に欲しいもの、愛情は手に入れない、という特色があります。

ヴォータンは愛を失った後、権力にしがみつこうとして、巨人兄弟に頼んでヴァルハラ城を建造してもらいます。そのヴァルハラ城建造の代償は、最初ヴォータンの妻フリッカの妹フライアの身でした。そんなとき、ニーベルンクのこびと、アルベリヒから指輪と黄金を奪います。この指輪をもつと無限の権力を所有できるので、ヴォータンは手に入れたら手放したくないのです。ところが・・・謀略で指輪を奪われたアルベリヒはその指輪に呪いをかけます。そしてヴォータンはフライアを取り戻すために巨人兄弟に黄金と指輪を巨人兄弟に渡します。早速その呪いの効果があらわれて巨人兄弟の兄が弟を殺し、黄金とともに持ち去ってしまいます。

ここまでが序夜「ラインの黄金」。自分の権力を獲得するために妻の妹を渡したり、妻の妹がいなくなると困るので黄金や指輪を奪う、という権謀の話です。

ここからが「ワルキューレ」です。権力を手に入れたヴォータンは、権力を維持するためにとても悩むのです。自分に対してる報復を退けるために、人間の世界で戦争をふっかけ、英雄をヴァルハラ城に連れてきて、最強軍まで用意していたのです。それでも権力にしがみつこうとして不安なヴォータン、アルベリヒの息子によってヴァルハラの権力が崩壊することまで心配しはじめる、という堂々めぐりに入ります。

「ワルキューレ」とは、戦死した英雄をヴァルハラ城まで連れてくる女戦士のこと。ヴォータンが智恵の神エルダに産ませた娘たちで、その長女がこの巨大な作品の主役、ブリュンヒルデです。

権力を手に入れると、つぎからつぎへと心配事が重なるわけです。

そんなとき、妻フリッカに弱みをつつかれます。

「こうして永遠の神々も終わります。あなたが荒々しいヴェルズンク(ヴォータンが人間の女性に産ませた双子の兄と妹)を生みだしたのですから。・・・あなたには気高い一族も何の意味もない。・・・誠実な妻をあなたはいつも欺いた・・・好色な視線を投げかけて変化を楽しみ、私の心をあざけり苦しめた・・・でも、あなたは自分の妻を怖れ、あのワルキューレの娘たちやブリュンヒルデにさえも、私への従順を誓わせたのです」。

妻フリッカがヴォータンに要求したことは、ヴェルズンクの兄が戦いで敗れるように仕向けること、つまり自分の息子が戦死するように仕向けることでした。

ヴォータンは悩みに悩みます。出した結論は、妻フリッカのいいなりになること(似たような話、日本社会で散見できるでしょう)。ワルキューレで娘のブリュンヒルデに命じてヴェルズンクの兄が戦いで負けるように命じます。父に忠実な「信念」をもつ「信念型」のブリュンヒルデは反対します。ヴォータンはいかにも「行動型」らしく、おどしをかけます。

「なんというあつかましいことだ、私に反対する気か?お前は私の意志に盲目的に従うだけだ。私がお前を語り合うために低く身を落としたが、だからといって、自分が創ったモノ(ブリュンヒルデのこと)から叱責を受けることはない」。

3幕では結構ワケがわからないことをいって脅しにかかります(会社のなかでパワハラをやる人をみかけたら、よくみてください、冷静にみると、ワケがわからない言動になっています)。

「私がお前を罰するのではない、お前の罰はお前自身が作り出したのだ(罰をつくる状況をつくったのはヴォータンかブリュンヒルデか、みる人によって分かれるでしょう)。私の意志によってのみお前は生きていたのに、私の意志に逆らおうとしたのだ。私の命令だけにお前は従っていたのに、私に逆らった命令を自らくだした。私にとってお前は希望の乙女であったが、私に逆らったことを希望した。私にとってお前は楯の娘であったが、私に逆らって楯を構えた。私にとってお前は運命を選ぶ娘であったが、私に逆らって運命を選んだ。私にとってお前は英雄たちを励ます娘だったが、私に逆らうように英雄を励ました。」

似たようなセリフが繰り返されて冷静さを欠いているいる様子が伝わると思います。

こんな風に書くと、ヴォータンは権力の塊の血も涙もない人(神)のように思うかもせんが、本当はとても愛情深い人(神)なのです。

今日は、権力や権威を使えばつらくなるのだ、権力や権威を使う人もつらい思いをしているのだ、ということをご理解いただきたいと思います。

もちろん、そのような人からパワハラを受けている人だって、たまったものではありません。

どうしたら、愛情を取り戻すことができるでしょうか。明日、ブリュンヒルデがヴォータンに対応した様子からみることにします。

 

 

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