昨日のブログでは入棺体験セミナーの感想を書きました。死から自分のキャリア、自分らしさを考える、という内容です。
今日と明日、このセミナーに参加しようと思った動機について書きます。
入棺体験

その前に・・・かなり難しい話です。私もよくわからない話なので、自分のことばで具体的に述べることができないのは申し訳ないです。それでも、勉強したことを少しずつでも書いていけば、私の身にもなるし、一人でも興味をもってくださる方がいらっしゃれば参考になると思いますので、思いきって挑戦します。不十分な点があれば、どうぞご容赦を願います。

「死から生きる意味を捉え直す」、「死がその人らしさを表す」・・・そんなことをいっている人がいるのです。マーティン・ハイデガー。1900年代前半ドイツで活躍した哲学者です。ハイデガーの哲学は「実存主義哲学」として哲学界に衝撃を与えました。ハイデガーは、人間はいま現に生きている限り、自分が生きていることを全体として捉えることはできない、と考えたわけです。別のいい方からすると、死が人間らしさ、自分らしさを表現する、ということになります。ハイデガーはその根拠として、以下の5つを挙げます(ちょっと難しいことばで恐縮です)。

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1.死の交換不可能性:自分の死は他の誰の死とも交換することはできない(当たり前ですよね)。

2.没交渉性:人は死が迫ってくると、孤独に陥り、他の人と関わりを持ちにくくなってくる、ということです。今日は述べませんが、ハイデガーの実存主義哲学では、「共存在」とか「共通了解」ということばを使いながら、正面から人と関わることをとても大切にするのです。その大切な人との関わりが死が迫ると少なくなる、というわけです。

3.確実性:人は普段自分が死ぬということを真剣に考えてはいないものの、いつか自分も必ず死ぬ、ということを認めていることです。

4.無規定性:人がいつか死ぬことはわかっていても、もっと先のことだ、と何となく思っていることです。別のことばを使えば、人は死が迫っていることを隠しながら生活している、ということです。

5.追い越し不可能性:死の可能性とは、人間が存在することの最後の可能性であって、誰も追い越すことができない、という考え方です。
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入棺体験

私が今日のブログのテーマのなかで大事だな、って思うのは「1 死の交換不可能性」と「5 追い越し不可能性」の2つです。自分が死ぬということは他の誰とも交換することもできないし、死ぬことは自分が生きていることの最後の可能性である、ということ。死が自分らしさを表現する、ということになるわけですね。

ごめんなさい、難しいことばの連続で。明日のブログで今日の続きを書きます。今日は死が自分らしさを表現する、ということでした。明日は死を自覚することで自分らしい生き方をする、ということについて述べます。明日もお付き合いいただけるとうれしく思います。