人+為=偽 この点から「残業」を考えると?

人、為、偽

先日インターネットをみていたら、意味深い文字をみました。

(ニセ)

「人」の「為」と書きます。人の為にしていることは、本当に人のためなのでしょうか。私はカウンセラーです。私がカウンセリング中いうこと・することはすべてカウンセラー、私の都合です。ここをつねに意識しないと、クライエントさんにとっては非常に迷惑になるわけです。

私たちが、「世の為、人の為」、あるいは「社会貢献」などということばを使うとき、ほんとうに「世の為、人の為」なのか、「自分の為」なのか、よく考えると、いろいろな問題がみえてくるような気がします。

仕事でいえば「残業」。上司が部下に残業を命じたとします。誰の為でしょうか。部下でしょうか、会社でしょうか、それとも自分の地位でしょうか。今度は「残業」を命じられた側です。したくなければ、断ることだって、あるいは交渉して別の手段を講じることはできることです。それでも引き受けるのは、「残業」をすると何らかの「心のメリット」があるわけです。人に嫌われずに済む、とか・・・(本当は山のように書きたいことがありますが、難しくなりすぎると思うのでこの辺にしておきます。

「残業」を命じる側も受ける側も、それ相応の利益を心で得て、それはおそらく会社の利益の問題とは異なるように私は考えています。恐らく、この辺の仕組みが理解できると、「長時間残業」だの「ブラック企業」だの、そんな現代社会がかかえる問題のからくりがみえるような気がします。

 

「私は人の為に尽くしているのにこんなこといわれたくない!」そう思う方もいらっしゃるでしょう。自分のことより他人の利益を優先したら生きるのもさぞかしキツいことでしょう。

あるいは、「お前がいっていることは難しくよくわからない」そう思う方もいらっしゃるでしょう。正直、私も気づいたばかりです。私もよくわかっていません。

そろそろ「社是」を改めようか、そんな風にも思っている時期です。自分のことも振り返り、今日はこんなところに大きな問題を解くカギがありそうだ、こんなところで失礼することにします。

明日は、このブログの主旨に反するかもしれませんが、「偽」の文字そのものがもつ意味について考えてみることにします。

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One comment

  • 匿名希望

    「情けは人の為ならず」という諺を「情けは人の為にならない」と誤用している人の比率が、正しく(情け人の為ではなく、巡り巡って自分に帰ってくると)理解している者の比率を1%上回った(2001年、文化庁調査)そうですが、「情けは偽ならず」とすれば誤解は減るのでは?
    注:古語では、~なり(断定語)の否定形が~ならず

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