おはようございます。

いま思うところがあって、ジョゼフ・キャンベルの『千の顔をもつ英雄』とニーチェの『曙光』を時間をつくっては同時に読んでいます。難しいですが、読み応えがありますね。

そんななか、ニーチェの『曙光』(茅野良男訳、ちくま学芸文庫)でおもしろい文章をみつけました。

・・・アラスカの原住民の間で、お前は動物の骨を火の中に投げ込んではならぬ、犬にやってはならぬ、という命令が通用するとき、その命令は、「そうせよ、そうすればお前は猟がうまくゆかないであろう」というようにして証明される。さてしかしながら彼らはある意味でほとんどいつも「猟がうまくゆかない」。命令の良否をこの方法で反駁することは、たやすくできることではない。ことに個人ではなく共同体が罰を蒙る者であるとみなされているときそうである。むしろ、命令を証明するように思われる状態がいつも生じるであろう。(42ページ)
この文章なかなか奥が深いです。「共同体」を「会社・組織」と置き換えれば、考えものです。以前行動経済学で紹介した「平均への回帰」とも関係します。

平均への回帰

猟がうまくいかないのは、「共同体」の指示の仕方より、当然本人の猟の腕前に関わることです。

とくに「共同体が罰を蒙る者」を「会社の利益に関わること」と読み替え、「命令を証明するように思われる状態がいつも生じるであろう」を「お前はいつも業績が悪い」と読み替えれば、組織にとって致命的な問題に抱えていることが何となく想像できると思います。

業績が伸びない理由を特定することはできませんが、子どものころから「お前はダメだ」というメッセージが強い人はなかなか成果を出すのが難しいです。そこへ来て、会社の上司からダメ出しを加えられたら、余計に「自分はダメ」だというイメージを強めますから余計業績が出なくなるわけです。

ほめても叱っても変わらないのであれば、せめてほめてモチベーションを維持できる状態にした方が効果的な気がします。

★オススメセミナー「仕事ができなのは自分だけ? 仕事で活用!心のエネルギーチャージ」はこちらから