暴力事件は他人事ではありません 自分の生き方を振り返るきっかけです

ジョゼフ・キャンベル『千の顔をもつ英雄』

おはようございます。

大変悲しいことに、スポーツ選手の暴力の不祥事が近年目立っています。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131014-00000089-spnannex-socc

その要因がどこにあるかは、特定するのはとても難しいでしょう。少なくとも何かが狂っていることだけはいえそうです。

———————————————————————————————————————————————————–

現代の心理学を切り開いた人で、フロイトという人がいます。超有名人なのでご存じの方も多いと思います。フロイトは、人間に生の本能と死の本能があると述べています。人間はどこかに自己破壊の欲求をもっている、というこです。

昔の人はお祭りやスポーツのなかでこの欲求を発散してきたといえるでしょう。このなかで人を尊重する、相手を思いやる、という精神が培われてきたような気がします。私も嫌々ながら高校で柔道の授業に参加しましたが、「礼に始まり礼に終わる」、「相手を投げるときは、袖を引いてダメージを少なくするように」と教わったことは、人間が生きる上でとても大切なことだと思います。

————————————————————————————————————————————————————
さてさて・・・このブログでもしばしば登場するジョゼフ・キャンベルは『千の顔をもつ英雄』下巻でつぎのようなことをのべています。

「英雄の仕事とは、父親における執着する面(竜、試練を課する者、人食い鬼の王)を屠りさり、その禁制から宇宙を再生産する生命エネルギーを解放するところにある」(177ページ)。もちろん、ここで父親を殺す、というのは心のなかで自分を縛りつけている父親を殺す、ということです。そして、こうも述べています。「子は父を殺すが、父と子とは一体であるのだ」(178ページ)。

あの超有名人、フロイトも同じようなことを「エディプス・コンプレックス」などということばで表現しています。そして、この説明をすると長くなるので、今日はこの辺にしておきます。

もうなくなりましたが、キャンベルのように、ユングの影響を受けながら神話と心の問題について研究したのが河合隼雄氏です。河合氏はアイヌの神話の研究のなかでも、同じような重要なことをのべています。

「確かに息子の能力が高まってきて、父親に誰も注目しなくなってくると父親としては、面白くないだろう。ここで父親がアパシー(無気力・無関心)状態になる・・・。現在の日本社会では、父親の方がアクセクと働き、息子はどう考えてもそれに太刀打ちできないのでアパシーになってしまうのだ。そして、アパシー状態から抜け出すときに、急に父親に暴力をふるったりする息子がいるのも事実である。内面的な『父親殺し』ができていないので、外的に行動かしてしまうものと思われる」(『おはなしの知恵』より)

—————————————————————————————————————————————————————

「内面的な『父親殺し』」・・・一体いまの日本でどこまでできている人がいるでしょうか。私もずいぶんカウンセリングを受けてできてきていますが、正直未解決の問題も残っています。

人を批判するのは簡単なことです。そして、どんな事件が起こったとしても、勇気をもって自分の人き方を振り返る糧としてするのはたやすいことではいし嫌な思いをするでしょうが、とても大切なことを知る機会にもなります。

もし本気になって自分らしい人生を送りたい・・・そんな思いをあなたがもっていらっしゃるとしたら・・・こうしたスポーツ選手や学校の教師などの暴力事件、あるいはイジメなどの問題を他人事としてみるのではなく、自分の生き方を振り返る機会にすると、とてつもない成長の機会に気づくことでしょう。

★オススメセミナー「仕事ができなのは自分だけ? 仕事で活用!心のエネルギーチャージ」はこちらから

Related Articles:

Post Footer automatically generated by Add Post Footer Plugin for wordpress.


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です