おはようございます。昨日に引き続き、フロム『愛するということ』(鈴木訳、紀伊国屋書店)から、「自分らしさ」について考えます。

問題は・・・意識していない思い込みです。フロムの文章を再度引用しましょう。

「たいていの人は、集団に同調したいという自分の欲求に気づいてすらいない。誰もがこんな幻想を抱いている -私は自分自身の考えや好みに従って行動しているのだ、私は個人主義者で、私の意見は自分で考えた結果なのであり、それがみんなの意見と同じだとしても、それはたんなる偶然にすぎない、と」(31ページ)。

自分がやっていることは自分らしいことなのだ・・・」と思い込んでいるのです。本当にそうなのでしょうか。

私の例も含めながらお話ししましょう。

皆さまの周りで、物にこだわりのある人、っていないでしょうか。「○○コレクター」とか、「すごい○○を持っている」とか・・・

私の場合はこれです。

スタインウェイのピアノ

ハンブルク製のスタインウェイのグランドピアノ。もう14年くらい前に購入した、本当に素晴らしい音がする楽器です。まだ心理屋になる前で、学校で世界史や社会を教えていたときに買いました。私はピアノを演奏しながら、歴史や社会のことを教えていましたし、それが自分らしさ、だと思っていました。またこのピアノを買ったとき、「これを守るのが自分に課せられた義務だ、そのためなら自分の人生を犠牲にする」くらいに思っていました。

どう考えてもヘンです。

カウンセリングを受けたり、心のことがわかるようになると、これがウソで自分らしさではないことがわかるのです。

どういうことか、というと・・・子どものころに満たされなかった愛情を「モノ」に変えているのです(ギョーカイ用語で「対象関係」といいます)。あるいは、自分の本音を聞いて欲しい、「自分らしさ」を表現したいという気持ちを生徒の前でみせつけていただけのことです。子どものころに満たされなかった欲求を生徒にぶつけているわけですから、迷惑な話です。

これを知ったときの私は・・・ショックショック~~~

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フロムは以下のように続けます。

「多少はほかの人とちがうのだと思いたがるが、そうした欲求は、ごく些細なちがいで満たされる。ハンドバッグやセーターのイニシャルとか、銀行員の名札とか、共和党ではなく民主党を支持するとか、・・・『これはほかとはちがいます』といった広告コピーは、人とちがいたいというこの悲痛な欲求をよく物語っている。実際にはほとんどちがわないのだが」(31~32ページ)。

フロムは「悲痛な欲求」と呼んでいます。 「人と違いたい」「自分らしくありたい」の正体は、「私は人(とくに両親・養育者)から愛されたい」です。したがって、「実際にはほとんどちがわない」のです。
どうでしょう?「自分らしさ」「自分の本当の気持ちに気づく」って、これだけ難しいのです。

自分で何かをしていて変な感じがするとき、少し疑ってみると、自分の本当の欲求がわかるでしょう。別のいい方をすれば、人間はそれだけ愛情に溢れた生き物である、ということです。

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