おはようございます。

ビジネス書も結構面白いな、と思う今日この頃、昨日に引き続き、ビジネス書をご紹介します。

阪本啓一『「たった1人」を確実に振り向かせると、100万人に届く。』(日本実業出版社、2012年)

「人は、製品・サービスを買っているのではない。自分のインタレスト(興味・関心)を満たしてくれるアイデア(製品・サービスのしてくれることがアイデアだ)にお金を支払う。つまり、自分を買っているのである」(69ページ)。

太字にしている箇所が著者の阪本さんが強調している部分、大きな文字でアンダーラインを引いたところが、私が関心をもった部分です。

私はカウンセリングやらセラピーを習ったとき、「カウンセリングはクライントのため」ということを繰り返し聞いてきた記憶があるのですが、ここにずっと違和感を感じていました。阪本さんのビジネス書を読んでそのナゾが解けるなんて、世の中、どこに宝が眠っているか、わからないものです。

面接のイメージ

私がゲシュタルト療法を学んでいたころのこと。ゲシュタルト療法のセラピストでもあり、心療内科医でもあり、私の人生の恩人の一人でもある俵里英子さんがこんなことをいっていました。

「医者なんて、何の役にも立たない仕事よ」

カウンセリングだってまったく一緒のはずです。

「カウンセラーなんて、何の人の役に立たない仕事」です。

クライエントさんは勝手に自分で問題を解決して成長していくのです。カウンセラーは何もしません。ただその素晴らしい人生の一場面に立ち会うってカウンセラーは自分で感動するだけ。

それでは、クライエントさんは何のために、お金を払ってまでカウンセリングを受けに来るのでしょうか。

そうです、カウンセリングを買っているのではなく、自分を買っているのです

これでわかりました。「カウンセリングはカウンセラーにとってカウンセラーのものであり、クライエントのものではない」、そして「いつも感動の場面に立ち合わせてもらえることにクライエントさんへの感謝の気持ちを満たす」。これが私のカウンセリングに対する基本姿勢です。この基本姿勢が守れなければ、カウンセラーはクライエントを変えようとするでしょう。これはクライエントの問題解決能力を値引くという重大な問題へと発展するわけです。

恐らくこの視点はカウンセリングに限らないことだと思います。このブログをお読みいただいている方は、ぜひご自分のビジネスに照らし合わせて考えると、意外な発想がでてくると思います。

 

ニーチェ『ツァラトゥストラはこう言った』

さて、どうしてここにニーチェの『ツァラトゥストラ』が登場するのでしょう。

阪本さんは、さらに私にとって面白いことをいいます。

マーケティングが心理学であり、つまり主観が支配する科学であるゆえんである」(71ページ)。

前回同様、太字の部分が阪本さんが強調している部分、太く大きくしているのが私が強調している部分です。

マーケティングが心理学、というは他の人も同じことをいっているでしょうし、当たり前といえば当たり前の話です。私が興味をもつのは、マーケティングが主観である、ということです。そうです、人は商品ではなく、自分を買っているのです。その買っている自分というのは、自分が満足するかどうか、ということです。「顧客のインタレスト(興味関心)を満たしてくれる価格であるなら、それが適正価格なのだ」(70ページ)。
いま私たちが生きている世界は、客観的に存在する世界ではなく、自分が作り出した心の世界です。自分が何らかの商品を買うというとき、客観的に存在する物やサービスを買うのではなく、自分の満足感、心を買っているのです。

この問題、ニーチェやフッサールがさんざん議論してきたことで、現代のカウンセリング理論だってこの議論の上に成り立っているわけです。

ニーチェが『ツァラトゥストラ』の「救済」で議論している「永遠回帰」なんていう考え方、私もわかりやすくここでお話できることを願いつつ、今日はこの辺で失礼いたします。お読みいただきましたこと、御礼申し上げます。明日もまたよろしくお願いいたします。

 

★オススメセミナー「1日12時間のデスクワークで体も心も凝っているあなたへ 自分でできる体と心のほぐし方」