おはようございます。

今日も引き続き、トマス・ゴードンの考えから「助ける」ということについて考えます。今日は昨日に比べて陰湿な話かもしれませんが、とても大事なことなのでご紹介します。

「ほかの人がかかえているトラブルや苦痛をやわらげたいという思いは誰にもあります。・・・ところが、苦痛をやわらげるつもりの行動、問題解決をし、トラブルを排し、苦しみを予防するつもりの行動が、ときに、救助行動になってしまうことがあるのです。救助行動とは、トラブルをかかえた一人でもできるどころか、一人の方がむしろうまくできるかもしれないことを、ほかの誰かが代わりにしてしまうことです」(『ゴードン博士の人間関係をよくする本』近藤訳、大和書房、57ページ)。

誰かを助ける・・・なんか素敵なことばのような気もしますが、結局は不可能なのです。ゴードンはつぎのようにものべています。

「誰であれ問題を所有する人が、その問題を解決しなければなりません。ほかの人たちの協力が必要になるかもしれませんが、その問題を解決するのはあくまでその所有者に任されます」(49ページ)。

どんなことであっても、問題を解決するのは本人です。解決策は本人にしかないのです。

もし困っている人がいて、誰かを助けなければならない、という気持ちになるとします。となると、問題を持っているのは、助けなければならない、と思っている人になるわけです。おそらく、「人を助けることで自分の存在価値は認められる」という無意識の思い込みと関連すると思います。

先月10月も、線路内に横たわっていた男性を救助しようとして女性会社員が電車にひかれて死亡という悲報がありました。

酷ないい方かもしれません。「自分の命を犠牲にしてまでも人を助けるべき」という思い込みを証明したことになるわけです。

この場合、問題を持っていたのは、線路で横たわっていた男性ではなく、自分の命を犠牲にした女性の方なのです。

人、為、偽人+為=偽

 

会社でいえば・・・

他人の問題解決をしようとしてついついアドバイスをする人、いつもいつも人の仕事を手伝っていないと気が済まない人、先輩より先に帰ってはいけないと思って自分で余分な仕事を作り出して残業を繰り返す人・・・問題なのは、「人の為」と思っているかもしれませんが、「人の為」にならないと気が済まないと思っている本人なわけで、相手の能力を低いと思っているわけです。

ゴードンはこうも続けます。

「頻繁に求められるのは支援であって、その人とともに何かをすることなのです。・・・

・救助とは、相手の問題を自分が所有してしまうことです

・相手の問題を所有することは、自分が相手を無能だと思っていることを、相手に伝えてしまいます

・無能だと思われたら、腹が立つものです

・怒りをもった相手と接するのは困難です

・そして、善意に満ちた救助者は、『どうして他の人たちとつきあうのは難しいのか?』と不思議がるのです」(58~59ページ)。

さすがDr.ゴードン、実に的確な表現です。
つねに人と関わるとき、誰が問題をもっているのか、明らかにすることです。相手の問題なら手をださない、自分の問題なら自分が変わる、これが鉄則です。
さてさて・・・今日は1つ宿題を出して終わります。

面接のイメージ

カウンセリングの場面です。ある親御さんがお子さんのことでご相談にいらっしゃる場面です。

「ウチの息子、30歳になるんですが、家に引きこもっていて、就職もしていません。ウチの息子、どうしたら就職できるようになるでしょうか」。

この場合、問題を持っているのは誰でしょうか? カウンセリングの場合、ここを履き違えると、とんでもないことになるわけです。

明日また考えましょう。

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