ピーター・オトゥールさん、訃報に触れて

おはようございます。

昨日は、ピーター・オトゥールさんの訃報に触れました。ピーター・オトゥールさんは、映画『アラビアのロレンス』で主役のロレンス役を演じました。この映画、存在自体は知っていたものの、最初に見たのはたぶんいまから20年くらい前だったと思います。当時のこと、写真にあるレーザーディスクを購入してみました。デヴィッド・リーン監督の卓抜した映像感覚に腰を抜かすほど驚き、何といってもモーリス・ジャール作曲のテーマ曲が有名で素晴らしい。とても有名な映画です。しばらくこの映画のことも、音楽のことも忘れていたものの、昨夜訃報に触れて思い出しました。

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舞台は第一次世界大戦中(1914~18)のアラビア半島。イギリスは、このドイツを敵に回した戦争はすぐに終わるくらいに考えていたものの、予想に反して大苦戦になります。そこで、ドイツと組んでいたオスマン帝国の力を弱めるために、オスマン帝国の支配にあったアラブの民族運動を援助したわけです。この任務で大きな役割を担ったのがロレンスなわけです(実在の人物です)。

1915年フサイン=マクマホン協定→オスマン帝国の支配下にあったアラビア半島にアラブの国をつくる

その一方で、イギリスは同盟国フランスにも気を遣い、オスマン帝国を戦争後どのように領土分割するか、秘密協定を結びます。

1916年サイクス=ピコ協定→イギリスはイラク、フランスはシリアを手に入れる、パレスティナは国際管理地域

イギリスはまだ苦しいです。ユダヤ系の大富豪から戦費を調達しようとユダヤ人にパレスティナに国をつくることを認めます。

1917年バルフォア宣言→パレスティナはユダヤ人の国ができることになる

このフサイン=マクマホン協定、サイクス=ピコ協定、バルフォア宣言・・・これをイギリスの「三枚舌外交」などと呼びます。

アラブ、フランス、ユダヤ人に気を遣った結果、パレスティナはどうなるかが全部異なるわけです。

結果として、たくさんのユダヤ人がパレスティナに移住し、もともと住んでいたアラブの人と衝突し、とくに第二次世界大戦後イスラエルの建国後、深刻な紛争が展開されることになるわけです。

western_asia

というのが、一般的な考え方です。いまは私は歴史の勉強をしていませんので、正直よくわかりません。

いずれにしても・・・苦し紛れに人のご機嫌をとると、後で厄介な問題を生む、ということは何となくご理解いただけると思います。

素晴らしい映画を残してくださったピーター・オトゥールさんに感謝です。

 

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