おはようございます。

今日と明日の2日は、「一貫性」について触れます。もしかしたら、「一貫性のある言動」「一貫性のある生き方」になると思うかもしれません。私がここでお伝えするのは、逆です。「一貫性を捨てる」ことです。

私も以前は「一貫性」をもつ生き方を目指していました。そして、こうなると苦しいのです。

このブログを読んでくださっているあなたも、一貫性を求めていたら苦しくてたまらないでしょうか?

トマス・ゴードン『親業 子どもの考える力をのばす親子関係のつくり方』

この本の著書のゴードンもかなり深く悩んだのだと私は思っています。トマス・ゴードン『親業』(近藤訳、大和書房、1998年)は、読んで字のごとく、「親向け」には書かれているものの、職場のコミュニケーションや自分のあり方について考える上でとても示唆に富みます。

「人が親になると、おかしな、そして不幸なことが起こる。ひとつの役割を果たそう、役割を演じようとしはじめ、自分も人間であることを忘れてしまうのだ。いよいよ神聖な世界に入ったのだから、『親』のマントをかぶらなくてはいけないと思う。・・・親はこの変身によって、自分も弱点をもったふつうの人であり、感情をもった生身の人間であることを忘れてしまうことがあまりにも多いからだ。・・・つねに一貫した感じ方をしなければならない、・・・自分の欲求は傍らに置いて、子供のためにひとまず抑えねばならない、いつも公平でなければならない、・・・自分の親がした過ちは繰り返してはいけないと考える。親業をはじめて最初に犯す大きな過ちは、この、自分の人間性を忘れるところにある。親業をうまくやりとげる親は、自分が本当の一人の人間であることをまず自分に許す」(18~19ページ、強調部引用者)。

一貫性を保とうとすれば、親は正直でなくなる。『親はあらゆる犠牲を払っても、子供に対して一貫した態度で臨まなければならない』という伝統的な教訓は、状況の違い、父親と母親が互いに異なる別の人間であるという事実を無視したものである。それだけでなく、親にいつも同じ感情をもつ人の役を演じさせるという、有害な影響を与えてきた。/さらにこの教訓は、父親と母親はつねに同じ考え方をすべきだという考えを導きだし、ついに親部隊が統一戦線をはって子供に接するようになるという重大な結果となった。これはまったく無意味としかいいようがない」(25ページ、強調部引用者)。

あなたも同じようなことを職場で見聞きしたり、ご自身でなさろうとはしていないでしょうか。

tired疲れませんか?私も正直、ずいぶん苦しんできました。

話を3点に整理しましょう。

まず1点目です。人間は本来一貫性がないのです。そのときどきの状況に応じて気持ちや考えに変化がでてきて当然なので、それが自然で正直な生き方です。自分に一貫性を求めたら自分の気持ちにもウソをつくことになるでしょうし、一貫性のない態度をとったと思えば自分を責め始めるでしょう。これが他人でも同様です。「○○さんは一貫性がない、人間として不誠実だ」と思えば人を責めて、本当につらくなるのはあなたではないでしょうか。

2点目です。自分は一貫したことをいい行動しているつもりでも、人はどうとらえるかはまったくわからないです。「前といっていることが違うじゃないか」と人から思われることは自然なのです。問題は、「一貫性がない」といわれたとき、「一貫性がない自分は自然で正直で本来の自分なのだ」とどこまで自信をもって思うかどうか、です。

3点目です。一貫性を求めたら柔軟な対応ができなくなる、ということです。さらに悪くいえば、成長を止める、ということにもなりますでしょうか。本来人間は日々の生活を通して変化する能力をもっている素晴らしい動物です。

明日は無意識のレベルで思い込んでいる「一貫性」についてお伝えします。

嫌なものは嫌でいい、悲しいものは悲しくていい、つらいものはつらくていい・・・あなたはもう十分がんばっています。