「よい人」、もしあなたが自動演奏装置だとしたら・・・

ニーチェ『曙光』

おはようございます。

今日も、ゴツく、ニーチェのことばでスタートです。

「善良な人々。 善良な人々は、その祖先たちが、他所の人の干渉に対して絶え間ない恐怖を抱いたことを通して、自らの人柄を獲得してきた。 祖先たちは穏やかにし、なだめ、謝罪し、身をかがめ、気をそらせ、お世辞をいい、頭を下げ、苦痛や不機嫌を隠し、すぐまた機嫌を直した。 こうしてとうとう彼らは、この繊細でうまく演奏される装置の全体をその子孫たちに伝えた。子孫たちは運命が好都合であったためにあの絶え間のない恐怖のきっかけを持たなかった。それにもかかわらず、彼らは間断なくその楽器を演奏している」(『曙光』、茅野訳、310)

auto_piano

「善良な人々」、つまりあなた・・・自動演奏装置のように、祖先が埋め込んだプログラムにしたがって人に気を遣い続けていたらくたくたに疲れませんか。

「祖先」、これはあなたの本当の祖先として読んでも、他人と読んでも、社会の価値観と読んでも同じような意味でしょう。

「人のために尽くせ」、「人に気を遣え」、「人のためなら自分を犠牲にしろ」、「人の役に立つ人間になれ」、「社会に貢献しろ」・・・

もしあなたが「疲れた、なんて弱音を吐くなんてとんでもないことだ」と思い込んでいらしたら余計にきつい思いをしていらっしゃらないでしょうか。

本来人間は自然に振る舞えば、自然と人と喜びを分かちあう存在です。

たとえ、あなたは弱くても、人の役に立たなくても、生きているだけで価値があります。

 

 

 

 

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