おはようございます。

昨日は私の20代の最初の危機について述べました。つらい吐き気が1年続いたときのことを述べました。やがて、「学者ではなく、教える仕事をしよう」と決意して症状が和らいだ話をしました。

その後順調だったか、というと・・・順調ではありません。試練の連続です。大学院を修了した後、勤めていた予備校は4年目になりましたが「契約を延長しない」とのことで実際は解雇、その後学校の非常勤講師を1年勤めましたがこちらも実際は解雇、もう1つ年度の途中から見つけた仕事も事業所の閉鎖で解雇。私は人生において事実上の解雇を3回経験しています。

ここから立ち直りました。学校の非常勤講師を解雇されたとき、「捨てる神あれば拾う神あり」で、その後6年にわたって実りある教員生活を送ることになる学校に非常勤講師として勤務し、同時に予備校の非常勤講師の仕事もみつけました。さらに途中からは別の予備校講師の仕事もご紹介いただきました。それでも・・・専任の教員(正社員)にはなれませんでした。

そして、教員を辞めようと思ったとき、予想もつかない話になります。別の学校で専任の教員としての話をいただいたのです。しかも、それまで教えていた世界史や社会ではなく、道徳のかわりに「こころの知能指数」について教える仕事でした。このときが、私が心のことを仕事にする一番大きなきっかけでした。そして今度は・・・3年目、咳が止まらなくなりました。検査しても異常なし。内科医に「目先を変えて精神科にご相談されて精神安定剤でも処方していただいたらいかがでしょうか」といわれて2週間で咳が止まりました。相当のストレスだったのでしょう。この症状が収まったと思ったら、呼吸がうまくできなくなって、まともに歩けなくなり、3か月休職。また挫折です。

それでもこの間にキャリアカウンセラーの資格をとり、退職後、民間企業に就職して日本で一番大きな就業支援施設で働くことができたのは、きわめて幸運なことでした。

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「結局、お前は学校の教員が勤まらない出来損ないだ」

あなたはそんな風に思うかもしれません。もしそんな風に思うのなら、一つの会社で働き続けてきたあなたは、どれだけ息苦しくつらい思いをされてきたことでしょうか。

もしご自分の人生に挑戦するお気持ちがあれば、全力で私がサポートします。