おはようございます。

今日はニーチェに並ぶ毒舌家、フレデリック・パールズのことばをご紹介します。パールズはドイツ出身の精神科医、というより、ゲシュタルト療法という心理療法を始めたことで有名な人物です。

「幼児は、ときに、大人よりも成熟している点がありますね。そこで、成熟についての違った方程式、違った定義が成り立つことになります。大人イコール成熟という法定式ではおけなくなります。事実、大人とは、・・・大人の役割を演じている人であり、その役割を演じれば演じるほど、成熟からほど遠い人間になります」(パールズ『ゲシュタルト療法バーベイティム』、倉戸監訳、2009年、33ページ)。

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嫌な仕事であっても、一生懸命真剣に取り組んできたあなたにとっては、ただでさえつらいことの連続だったのに、大人の役割を演じれば演じるほど成熟からほど遠い人間になる、なんていわれたら相当キツイでしょう。そして、振り返って欲しいんです。大人の役割を演じ続けて本当の自分を見失っていませんか?

私だって同じです。人からさんざん空気が読めない、といわれ続けました。何か自分が話を始めると、「そんなのまだ子どもだ、大人になれ」といわれ、自分の意見を語ることを止めるようになったら「大人になった」とほめられてきました。いつしか、他人に合わせられない自分を責めていた時期があります。大人の役割を演じ続けるのは本当につらいことです。加えて成熟からほど遠い人間になる、なんていわれたくはありません。

そして・・・私も学びました。パールズはつぎのようにもいっています。

ありのままであること、成熟していること、自分の行為と人生への責任、応答できる能力、今に生きること、『今』という中で創造性を持っていること、これらはすべてひとつのことであり、まったく同じものなのです」(64ページ)。

責任は英語でresponsibilityといいます。「応答できる能力」という意味です。自分が発言したことで相手が不機嫌になったり反発したら、あるいは自分から何か行動を起こしてうまくいかなかったら対応すれば済む話です。この対応が「責任」であり、「応答できる能力」が自信の源であり、自らの人生を選択する大人といえるのではないでしょうか。

「これは常識ではない」「他人を不機嫌にすることなんぞ論外だ」「失敗は許されない」・・・こんな風に思っていたら苦しくないですか。

あなたには「応答できる能力」があります。「応答できる能力」が責任であり、自信です。

それでもまだ不安だとおっしゃるのなら・・・私が全力でサポートいたします。