おはようございます。

昨日は「すべき」「しなければならない」は他人の声だという話でした。今日はその続きです。もしかしたら、「冗談じゃない、ふざけるな」と思う方もいらっしゃるかもしれません。人生において、「しなければならない」ことは本当にあるのでしょうか。

仕事では「すべき」こと、「しなければならないこと」はたくさんあるでしょう。電車の運転士さんが寝坊したら、何人の人の迷惑になるかわかりません。ある運転士さんは、今朝は4時に起きなければ間に合わないとします。「昨日飲み過ぎたから今日は8時に起きればいいや」というわけにはいきません。

そして・・・8時まで眠っていたいのなら、運転士を辞めれば、文句をいう人はいなくなるでしょう。

仕事はお金をもらっていることが前提ですから、「しなければならない」「すべき」ことがでてきます。朝8時まで眠りたいのなら、電車の運転士を辞めれば問題はないでしょう。お金をもらう前提がなければ、好きな時間に寝起きしても何ら問題はありません。

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今度は・・・「ご飯食べなきゃ・・・」ことばは「食べなきゃ」でも、気持ちは「ご飯を食べたい」でしょう。

 

そして「しなければならない」の変形版として、「してはならない」、「人を殺してはならない」・・・。人を殺してはならない理由はどこにも存在しません。人を殺せば社会的な制裁を加えられるだけの話で、それでも殺す必要があれば殺すことはできます。ただし、人間は本来は人を殺したいという気持ちは持ち合わせていませんから、人を殺したい、という気持ちがあれば、ニセモノの感情や歪んだ思い込みです。

「してはならない」と罰を加えなくても、本来人間は人を殺したいという欲求を持たない存在です。

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「すべき」「しなければならない」「してはならない」を除けば、一体何が残るでしょうか。そうです、本来のあなたです。

「しなければならない」ことをしなくても、あなたはなくならないし、十分に存在する価値があります。

あなたはもう充分に人のために、自分を犠牲にしてまで尽くしてきました。

これからはあなたが幸せになることで、周りの人も幸せになります。

私がサポートします。