「愛されたい」から「愛する」

おはようございます。

上田紀行『癒しの時代をひらく』(法蔵館、1997年)から最後です。

「最大のイニシエーションは、『愛されたい』から何かをするというそれまでの行動から、自ら『愛し始める』という行動へのシフトだろう。『愛されない』恐怖から持たされてしまった自己・世界イメージを脱して、『愛する』喜びからのイメージへと転換することである」(203ページ)。

※イニシエーション:通過儀礼、卒業式や成人式など、大人になるために通過するポイントのこと

上田さんも指摘するとおり、恋愛のハウツー本には、「こういう女は嫌われる」、「彼女の心をつかむ方法」など、「愛される」ためのハウツー本で、「愛する」ことの本ではなさそうです。

「『愛されたい』、それは、一見謙虚なように見えて、実は責任のがれでもある。『愛されたい』と言っているかぎり、その恋愛に責任を取らなくてもいい。・・・しかし、『愛する』となると、責任が生じる。それは、自分のほうから何あらかの関係を想像する行動であるからだ。/・・・確かに『愛する』ことは大きな決断を必要とする。しかし、それは何かを創造するときにつきまとってくる決断であり責任である。・・・そして『愛する』ということは、自分にとって新たなイマジネーションの創造であり、世界へ能動的な働きかけの開始である。愛することによってわれわれは自らを世界に投げ込む。それは昨日までの世界のあり方を根源的に変える行動なのであり、自分が世界から身を引き、ただ愛されるのを待っている状態とはまったく異なるのである」(204〜205ページ)。

上田紀行『癒しの時代をひらく』

あなたもこれまで一生懸命人に尽くしてきました。

私にはいわれたくないでしょう。「人を大切にしなければならないという気持ちの裏返しは、人に愛して欲しい」、「人のために尽くしていないと、自分の生きる価値がない」、なんて・・・

人を愛すれば当然傷つくこともあります。そして、傷つくことは怖いし、嫌でしょう、避けて通りたいでしょう。そして、避けたら、愛のある人生を手に入れることはできないのです。

サポートが必要なら、お声をかけていただきたいと思います。

 

 

 

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