おはようございます。

昨日はグリム童話の「灰かぶれ」(シンデレラ)に出てくる「金の靴」について考えました。「金の靴」を他人の価値観と考えれば、強引に合わせようとすれば、非常にきつい思いをすることです。

そこで、一つの考え方を思い出しました。

黄金の拘束服

唱えたのはトーマス・フリードマンという人物で、大著『レクサスとオリーブの木』(草思社)に記されていることばです。

1990年代になると、世界はインターネットの普及で「電脳投資家集団」の力が強くなり、各国はこの「電脳投資家集団」に従わないと経済的についていけなくなるわけです。そこで嫌だろうが何だろうが、「黄金の拘束服」を着用せざるを得ない、というのがフリードマンの考え方です。

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この”黄金の拘束服”を試そうとする国はまず、以下の黄金律を採択するか、採択する方向へ動いていると認められる必要がある。つまり、経済成長を推進する第一エンジンに民間セクターを置き、インフレ率を低く抑え、物価を安定させ、官僚体制の規模を縮小し、黒字とまではいかなくても、可能なかぎり健全財政に近い状態を維持し、輸入品目への関税を撤廃するか低く下げ、外国からの投資に対する規制を取り除き、割当制度と国内の専売制を廃止し、輸出を増やし、国有産業と公益事業を民営化し、資本市場の規制を緩和し、国の通過を他国通貨と交換可能にし、国内の各産業、株式市場、債券市場への門戸を解放して外国人による株の所有と投資を奨励し、国内の競争をできるかぎり促進し、金融期間や遠距離通信システムを民有化して競争させ、競合する年金オプション、外国資本による年金、投資信託という選択肢を国民の前にずらり並べて、そのなかから選択させるよういしなければならない。こうした各ピースをひとつに縫いあわせてはじめて、”黄金の拘束服”はできあがる。

残念ながら、この”黄金の拘束服”には、サイズはほぼひとつしかない。だからそれが窮屈なグループもあれば、窮屈を通り越して体に食い込んでいるグループもあるという状況で、社会は、絶えず経済制度を合理化し、絶えずその性能をアップグレードするよう、圧力をかけられることになる。もし、この拘束服を脱ぎ捨てたら、競争でまたたくまに落ちこぼれる。しかし正しく身につければ、たちどころに追いつくことができる。拘束服は、いつも見栄えや肌障りや着心地いいとは限らない。

(上巻、142ページ)

friedman

社会の動きを敏感に読み取るあなたなら、私が解説したり、強調することもなく、とてつもない社会にいま生きていることがイメージできるでしょう。企業は過酷な競争にさらされ、働く人の労働環境も厳しくなる一方です。

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