おはようございます。

私は何度もブログで、「善・悪」、「客観・正解」、「べき」ではなく、ありのままの自分を受け入れることの大切さについてお伝えしています。では、ありのままの自分を受け入れる、とはどういうことでしょうか?

一つのヒントになるのが、19世紀ドイツの哲学者、ニーチェといえるでしょう。

ニーチェは、「永遠回帰」ということを言い出したのです。

人生は何度でもまったっく同じに繰り返す、というのです。何度も何度も何度も・・・どんなにつらいこと、嫌なこと、認めたくないことがあっても、何度も何度も何度も繰り返す、というのです。

そして、その同じに繰り返される人生をYesとして認めるかどうか、ニーチェは問いかけています。そして、Yesというためには、もちろん、自分の人生を愛する必要がある、というのです。

 

ニーチェの文書を引用します。

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最大の重し。 もしある日、もしくはある夜なり、デーモン(注・悪魔)が君の寂寥(せきりょう、さみしさ)きわまる孤独の果てまでひそかに後をつけ、こう君に告げたとしたら、どうだろう、

お前が現に生き、また生きてきたこの人生を、いま一度、いなさらに無数度にわたって、お前は生きねばならぬだろう。そこに新たな何ものもなく、あらゆる苦痛と快楽、あらゆる思想と嘆息、お前の人生の言いつくせぬ巨細のことども一切が、お前の身に回帰しなければならなぬ。・・・存在の永遠の砂時計は、くりかえしくりかえし巻き戻される それとともに塵の塵であるお前も同じく!」・・・何事をするにつけてもかならず、「お前はこのことを、いま一度、いな無数度にわたって、欲するか?」という問いが、最大の重しとなって君の行為にのしかかるであろう!もしくは、この究極の永遠な裏書きと確証とのほかにはもはや何ものをも欲しないためには、どれほど君は自己自身と人生とを愛惜しなければならないだろうか?

(ニーチェ『悦ばしき知識』341、信太正三訳、ちくま学芸文庫、強調部は引用者)

wissenshaft

かなりキビシイ・・・

100%何度も何度も繰り返すまったく同じ人生、それをYesといって認めるには、ありのままの自分を愛する必要がある・・・

1/100でも認めないところがあれば、問題を引き起こす・・・

本当に「過去世」「前世」があって、同じ人生を何度も繰り返し、これからも本当に繰り返すのか、は別にします。

つまり・・・どれだけ嫌なこと、つらいことでも、本当に認めたくないことでも・・・

起こりうることすべてに感謝できるかどうか、

です。

いままで起こったことは、どんなことであれ、あなたに必要だから起こったのです。

いや、ニーチェ流にいえば、「自分で欲した」のです。

どんな認めたくない経験でも、自分が自ら起こしたのだ、と受け入れること・・・嫌な人から嫌なことをされたとしても、すべてメリットがあってのことなのです。イジメ、虐待、パワハラ、病気・・・すべてです。

カウンセリングが進んでいくと、これもすべて必要な経験だったのだ、とわかるときが来るものです。

自分で欲した経験を受け入れること、これから自分が欲する経験にすべて感謝をもって対処すること、そしてその経験に「善悪」「正解・客観性」「べき」をつけずに受け入れることが、自分らしくある、ということではないでしょうか。

わかったとき、過去を手放して新しい未来をつくることができるのです。

その希望に満ちた未来を創ることにOKを出せれば、同じ人生を何度でも歩むことを喜んで受け入れることができる。

と私は「永遠回帰」ついて理解しています。

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