おはようございます。

 

昨日はデンマークの哲学者

キルケゴールの日記から、

使命についての悩みを

ご紹介しました。

 

使命は自分がやりたいことではなく、

神(宇宙、サムシンググレート)から

求められていることであることを

お伝えしました。

 

もうすでにご存知とは思いますが・・・

キルケゴールの悩みから、

もう一つ大切なポイントを

お伝えします。

 

「私にとって真理であるような

真理を発見し・・・

 

私がそれのために生き

そして死ぬことをねがうような

イデー(理念、ここでは生きるための理念)

を発見することが必要なのだ。

 

いわゆる客観的真理などを

探し出してみたところで、

それが私に何の役に立つだろう」。

 

(「1835年8月1日の日記」

桝田訳『キルケゴール全集24』

筑摩書房、1963年、496ページ)

 

ここでキルケゴールがいいたいのは、

どんなに勉強して、理論を学んだとしても

役に立たない、というこです。

 

それはそれとして私がこのことばから、

とても重要だと思うのは、

 

使命には客観性などない、ということです。

 

良い悪い、正しい間違っている、

あるいは人がどう思うかどうか、

(人に受け入れられるか嫌われるか)

ではなく、

 

ただ、あなたが自分の課題に気づいて

果たせるかどうかです。

 

その課題に気づいたとき、

あなたの人生の真理に気づいた、

ということになり、

 

あなたの人生はなお一層、

光り輝くといえるのでは

ないでしょうか。

 

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