おはようございます。

 

仮にあなたがインディゴ・チルドレン

であるとすると、

 

「気狂(きちがい)」のように

子どものころから扱われて、

つらいような思いをされてこられた

のではないでしょうか。

 

昨日に引き続き、

夏目漱石『吾輩は猫である』の

主人公の猫のことばを

ご紹介します。

 

「ことによると社会は

みんな気狂の寄り合いかも知れない。

 

気狂が集合して鎬(しのぎ)を

削ってつかみ合い、

いがみ合い、罵り合い、奪い合って、

 

その全体が団体として

細胞の様に崩れたり、持ち上がったり、

 

持ち上がったり、崩れたりして

暮して行くのを社会と云うのでは

ないか知らん」。

 

(新潮文庫、1951年、391ページ)

 

「多数派」「健常」と呼ばれる人たちが

つくってきた社会は・・・

 

この猫のいうように、お互いに

罵り合い、奪い合うような社会は・・・

 

ある意味「気狂」といえるかも

しれません。

 

もしかしたら・・・

 

あなたの使命は

「気狂」の世界を、

 

愛と光で満たして、

平和で豊かなものに変えていく

ことではないでしょうか。

 

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