おはようございます。

 

昨日は願いが叶わないとき、

悲しみを感じることの大切さ

について

お伝えしました。

 

今日は怒りについてです。

 

 

「自分の願いに触れ、

願いが叶う喜びが満たされないと、

痛みを感じます。

 

自分自身やほかの人を

道徳化するとき、

内に向かう自身の怒りに

触れます」。

 

(イルセ・サン、枇谷訳

『鈍感な世界に生きる敏感な人たち』

ディスカヴァー・トゥエンティワン、

2016年、136ページ)

 

ここでいう「道徳化」って、

簡単にいうと、

「するべき」

です。

 

「人に気を遣うべき」

「勉強するべき」・・・

とやっていれば、

 

自分や他人にも攻撃的に

なるのは想像がつくでしょう。

 

「 『するべき』と道徳化する

よりも、

 

願いに基づいた言葉として

発することで・・・

 

感情がすっかり変わったと

感じられるよう私は願っています」。

 

(138ページ)

 

実は・・・

「すべき」と道徳化(社会の「常識」も

含まれます)された怒りは、

「ニセモノ」の怒りです。

 

明日は内面から湧き出る

本物の怒りについてお伝えします。

 

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