おはようございます。

 

昨日は「本当にやりたい」

と思えるような「気持ち」

=純粋意欲

とでも呼べるようなものに

ついてお伝えしました。

 

 

そこには理由なんてないことも

お伝えしました。

 

今日はその理由がない

「純粋意欲」はどんなものか、

私を例にお伝えします。

 

私の使命は「真実と和を実現する

戦士」ではありますが、

それは社会に向けて自分が

すべきことであります。

 

それを支える純粋意欲は

「本質・本物の追求」

です。

 

なぜなら、いまの世界は

「ニセモノ」なので、

「真実と和」の「本質・本物」

を追求していきたいわけです。

 

私はもともと「超・本物志向」です。

 

カウンセリングやセラピーや

ヒーリングだって、本当に効果が

ある方法を求めてきました。

 

(だから、いまの日本で大流行の

認知行動療法だの、

アンガーマネジメントなんて大嫌い)

 

 

趣味のピアノだって・・・

「黄金時代」の音色を残すピアノを

わざわざ中古で探して買った

くらいです。

(もしよろしければ、

お聞きいただけるとうれしく思います)

 

ここで大事なのは・・・

使命にしても純粋意欲にしても、

「なぜそうなのか」なんて

理由を探してもさっぱり

わからないのです。

 

もちろん、私だって、

なんで本質・本物を求める

かなんて、まったくわかりません。

 

ただ、そんな風に生きていきたいし、

そんな自分が好きだ、

というだけのことです。

 

 

もしかしてあなたは・・・

世間一般の流儀にしたがって、

「なぜそう思うか・・・」

なんて理由を追求していったら・・・

 

余計に苦しくなってしまう

のではないでしょうか。

 

「なんとなく」「直感」・・・

そんな理由がない感覚を

大事にしていっていただきたいと

思います。

 

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